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2月16日(日)よる11:10~「関ジャム完全燃SHOW」に本間昭光がアーティストゲスト出演!

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本間昭光さんのプロフイール

本 名      :本間昭光(ほんまあきみつ)

別 名      : ak.homma

生年月日     :1964年12月19日生まれ

出 身 地    :大阪府八尾市

職 業       :音楽プロデューサー・編曲家・作曲家

キーボーディスト:ピアノ・シンセサイザー・エレクトリックピアノ 等

事 務 所     : ブルーソファ(bluesofa)

 

学歴

高校:八尾高等学校(公立の高等学校)で進学学校で偏差値は63です。

:通称「ヤオコー」校則は厳しくなく、携帯も(スマホ)も大丈夫。

大学:関西学院大学(かんせいがくいんだいがく)

:アメリカンフットボールの名門校としても有名ですね。

 

関西学院大学在学中1988年マイカ音楽研究所に入学し

作曲とアレンジを勉強しました。

そんな時授業でつくったデモテープのアレンジが松任谷さんの

耳にとまり、東京に来る気は?と聞かれハイ!と即答。

 

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サポートミュージシャンとしての活動歴を紹介

 

1989年 上京と同時に「ハーフトーンミュージック」に所属。
Wink、工藤静香、原田知世をはじめとするアイドルを中心に
アレンジャーやTVやライブのサポートミュージシャンとしての音楽活動が
始まりました。

 

1991年 槇原敬之のコンサートにて、ライブアレンジ、バンドマスターを担当。
シンガーソングライターとの関わりを持ちポップセンス身につけて行きます。

 

 

1995年 テレビアニメ「スレイヤーズ」にて矢吹俊郎、大平勉との
ユニット「Vink」として音楽を担当。

 

1996年 独自のポップな音楽センスを生かしたプロデュースワークを目指し、
同年5月 (有)bluesofaを設立。
広瀬香美との共編曲と担当ラテンアレンジナンバーを展開していく。

1999年 ポルノグラフィティで別名義ak.hommaとして自身初となる
トータルプロデュースし
「アポロ」「ミュージックアワー」「サウダージ」
「アゲハ蝶」など数々にヒット曲を生み出して行きます。

 

2009年 いきものがかり「なくもんか」の編曲を担当。

2010年いきものがかり全47都道府県ツアーの
ライブプロデュース・バンドマスターとして参加。
NHK連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」の主題歌「ありがとう」がヒット。

 

2015年 自身初となる主催ライブ「本間祭2015~これがホンマに本間の音楽祭~」を
東京NHKホールで行いソールドアウトの快挙をあげました。
NHKアニメ「境界のRINNE」やNHK山形「私の青おに」の音楽を担当し
ここから、ドラマやアニメの音楽を始めることになりました。

2016年日本武道館で音楽監督を務めるなど新たなジャンルにも挑戦
ミュージカル「花より男子」の音楽や
スカパー!presents「FULL CHORUS~音楽は、フルコーラス」。

 

2017年 自身がホストとなり、ゲストヴォーカルを迎えての一夜限りの
THE BLUE SESSIONS」を開始。
渡辺美里、一青窈、関ジャニ∞、家入レオ、chay、宇宙まお、め組etc

BS-TBS「Sound Inn “S”」やテレビ朝日
「関ジャム完全燃SHOW」テレビ出演するなど多方面で活躍!

 

 

 

槇原敬之×本間昭光というポップスターとポップス職人が久々にタッグを組み
作り上げた名曲です。

 

黒いカラス・キョエが歌っていますが、とても上手ですね。
ツイッターを見ていたら、2歳になる男の子が、曲が終わると
泣き出しもっと聴かせろ~ということらしいですとありました。
こんな小さな子供までを虜にするなんて、お二人に脱帽です。

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まとめ

槇原の大ヒット曲「もう恋なんてしない」(1992年)は、当時、失恋して落ち込んでいた
本間のために書いた曲というのは有名な話です。

お互いが20代の頃、槇原のバックバンドのキーボード、バンドマスターを本間昭光が
務めていたのですね。

 

最近のツイッターでの本間昭光さんの言葉。

努力の苦しみなんか気にならないくらい「好き」である事が大切

とても心に沁み入りました。

実家の年老いた母に
桜タンブラーでも送ってやろういつまでもお茶が冷めへんよ、と

お母様にとっては嬉しいことですね!

 

才能に溢れた本間昭光さんのご活躍を願っております。