Pocket

武川流以名(ぶかわるいな)2022年箱根駅伝2度目の挑戦が始まる!

小学校1年生から野球一筋の少年が高校生の夏、陸上競技へ変更

武川流以名選手は1年生から早くも箱根駅伝メンバー入りを果たし

憧れの舞台に立つ事ができました。

 

2020年1月2日と3日の箱根駅伝で衝撃デビューを飾り復路

6区は特殊区間と言われる山下りでしたが、それを58分25秒の記録

駆けぬけ周囲をビックリさせました。

 

この記録は1年生の6区歴代最高記録で、大きな話題になりました。

 

武川流以名選手のように競技歴が1年でそれも1年生ランナーが走ることは

本当に異例な事でした。

 

 

 

 

当初、4年間で1度でも箱根を走れたら良いなぁ位の気持ちだったそうです。

そんな甘い考えの武川流以名選手を奮い立たせたコーチの言葉

「そんな考えだと絶対にズルズル行って走れない。

1年目から走るつもりで、死にものぐるいでやらないと」

この言葉に目がさめ必死さが増していきました。

良いコーチにめぐり会えたのも、彼の勝負強さかもしれませんね。

 

画像 引用 東日新聞

 

2020年1月7日、新城市役所の穂積亮次市長を表敬訪問した際の画像です。

地元の新城市を代表するランナーの誕生に沸き上がった事でしょうね。

一緒にいらっしゃるのはご両親でしょうか?

 

武川流以名選手のプロフイールです

名前   :武川流以名(ぶかわ るいな)

生年月日 :2000年5月30日

出身地  :愛知県

身長   :176㎝

体重   :60㎏

血液型  :O型

出身中学校:新城市鳳来中学校

出身高校 :静岡県島田樟誠高校

大学   :中央学院大学3年生

 

武川流以名の名前の由来

 

流以名(るいな)と言う名前は最初、読むことができませんでした。

 

このお名前にはご両親の願いが込められているそうです。

「多くの人にその名を知られる男に育ってほしい」と名付けたそうです。

 

小学1年生から始めていた野球を高校3年生の時

野球を引退して陸上競技をやりたいと告げた時には

ご両親やご兄弟は、さぞかしビックリした事と思います。

 

父親の哉巳さん(49歳)は最大の理解者でしたね。

 

「流以名は小さいころから、自分を持ってる子でした。目標に向かって

どうすれば良いかを常に考えてる子でした」

 

素晴らしいお父様ですね。

 

走る機会を与えたいと地元だけでなく、関東の大会にもエントリーして

経験をさせてくれたのも哉巳さんでした。

 

進路に関しては、哉巳さんがツテをたどって駅伝部の関係者に連絡を取り

「基準をクリアなら入部を認める」の言葉を貰い即座に父子で決めたようです。

川崎勇二監督は「無名選手の育成に定評がある」の情報は有難かったですね。

 

武川流以名選手の学歴

 

出身中学は新城市鳳来中学校(しんしろしりつ ほうらいちゅうがっこう)

敷地が広く施設も充実している。

50メートルのプール、広いグラウンド

良くも悪くも田舎ののんびりした学校です。

自然がいっぱい、素朴な学校

 

 

出身高等学校は静岡県島田樟誠高校(しましょう)

 

静岡県島田樟誠高校(しましょう)は年に一回のマラソン大会が行われます。

このマラソン大会では3年連続の連覇を成し遂げているのが武川流以名選手です。

3大会で大会新記録も更新しました。

 

野球部では2年生からレギュラーを獲得、

3年生でキャップテンに選ばれました。

主なポジションは内野でしたが、3年生になると足が速いのを認められ

外野を任されています。

 

 

高校野球から陸上をやるきっかけは何だったのか?

野球部で抜群のセンスで活躍していた武川流以名選手でしたが

転機は高校2年生の時、箱根駅伝を見ていた時に訪れたようですね。

 

東洋大の西山和弥選手が1年生で区間賞を取った時です。

「カッコいいな」「自分も走ってみたいな」ここで決心したそうです。

 

ご両親の言葉も後押ししてくれました。

「若い時にしかできないんだから、やりたいようにやればいいよ」と。

 

まとめ

●2021年シード落ちし涙を飲んだ中央学院大学が2022年箱根駅伝に登場!

●武川流以名も出場が決定しました。

●両親家族の応援が途轍もなく大きいです。

●武川流以名の周りの人達が良い人が多く恵まれていた。

●中央学院大学のチームカラーが『地道に走り込む』で武川流以名に合っていた。

体調に気よ付けて頑張ってくださいね。

応援しています。